「インフレによって数字が大きくなっていくだけだから平気だ」
政府債務の膨張に対して、こうした楽観論が語られることがある。しかし、はたして本当にそれだけで済む話なのだろうか。
日本の国債は政府が借りている借金であり、その保有者は日銀、金融機関、海外、家計などに分かれている。
一応現時点での内訳も書いておく
日本銀行
44.2%
銀行等
16.0%
生損保等
14.5%
海外
12.3%
公的年金+年金基金
8.4%
家計
1.5%
その他
3.1%
国債は殆ど日本国内で買われているから大丈夫と言う論理も、この割合から海外が意外に多いなと感じるのではなかろうか?
またこの割合にしろ、今後海外の割合は増えると予想する
なぜなら日銀はが金利を上げたからだ
日銀が大きな割合を保有しているとはいえ、日銀と政府は別の法人・会計であり、財布も別だ。
日銀が利益を出した場合、その一部は国庫納付金として政府に戻り、一般会計に入った金は結果として新規国債の発行額を減らすことはできる。しかし、それによって既存の国債そのものが消えるわけではない。つまり、日銀というバッファが存在していても、政府債務そのものが消えてなくなるわけではないのだ。
そして国債は満期になるたびに返済する必要があるが、実際には新しい国債を発行して借り換えることで財政を維持している。
この仕組みを長期間続ければ、金利が上昇したときに、より高い金利で借り換えることになり、利払いも増えていく。債務が膨らみ続ける仕組みを、永遠に維持できるとは考えにくい。
「インフレで額面が大きくなる」の本当の意味
もちろん、100年も経てば物価も賃金も上昇する。
一円玉が消えて、一万円玉が使われるようになり、日本の平均年収が一億円になるような世界になれば、国債の額面も現在とは比較にならないほど大きくなるだろう。
しかし、それで「国債がいくら増えても問題ない」ということにはならない。
日本は、すでに国家債務と通貨の大きなリセットを経験している。
明治以来、日本では長く「銭」という単位が使われていたが、戦争前にはインフレが進み、敗戦時には政府が発行した国債の価値も大きく失われた。通貨の単位も、実質的にはそれまでとは異なる「円」の時代へと移っていった。
これは、単に物価が上がって国債の数字が大きくなったという話ではない。戦争と敗戦をきっかけに、通貨の価値、国債の価値、そして国家財政の前提そのものが大きく変わったのである。
それからまだ百年も経っていない。
戦争なき世界で、債務はどう調整されるのか
日本では再び国債が膨れ上がり、アメリカや欧州を含む世界各国でも、政府債務が積み上がり続けている。
今度は、同じような大規模な戦争が起きるとは限らない。では、戦争が起きないまま、さらに百年が経過したとき、膨らみ続けた政府債務はどうなっているのだろうか。
問題は、国債の額面が何兆円、何京円になるかだけではない。
その膨張を、インフレ、増税、歳出削減、金利抑制、債務整理などのどのような形で、最終的に誰が負担するのかという問題である。
「インフレで通貨の単位が大きくなるから、国債の額が増えても問題ない」というだけでは、この問題を説明したことにはならない。
誰も答えを出していない大きな問い
各国は現時点で日本よりも高い年収、高い物価、高い税金へシフトしている
日本も追従する事になるだろう
だがそれもいつか限界に達する
0 件のコメント:
コメントを投稿